帰ってこない女子大生ー阪神淡路大震災

2019.01.17 Thursday

神戸・東遊園地 発生時刻午前5時46分に祈り

今年もやってきた哀悼の時間

1月17日

毎年、この日は胸が押しつぶされるような悲しみと無力感に苛まされます。
あの当時に、人々から教え聞かされた悲惨な話を、いつもどこかに書きするさなければ、伝えなければと思いながら、24年間できずにきました。でも今年は思いきってフィクションとして書きたいと思います。

腕の中の赤ん坊

教え子の一人に臨床心理士を目指していた大学2年生の女学生がいました。震災から1か月を経て、学生相談室を尋ねてきてくれた彼女は、か細い声で話し始めました。
「朝早くに大きな揺れを感じて、ワンルームマンションを寝間着のまま飛びでたんです。町は家々が倒れ、そこここから人のうめき声が上がってて・・・

「君、悪いけどこの子、抱いていてあげてくれる?おかあさんが、未だがれきの下なんだ。」
それは子さな布団にくるまった赤ん坊でした。暗くて良く分からなかったんですが、頭から血を流していて・・・。段々と呼吸が 小さくなっていって・・・。
「誰か!誰か!」と叫んだんですけど、誰も振り向いてくれなくて、その子、その子、私の腕の中で息をするのをやめてしまって・・・。どんどん重くなって、冷たくなって・・・。

・・・女学生は、泣き出してしまい、あとが続きませんでした。私もかける言葉が見つからず、ただ背中をさすってあげるだけでした。少し時間が立ってから、
「頑張れとも、忘れなさいとも言わないわ。ただ生きてね。また会いに来てね。」
「はい。」と力なく答えて、相談室を出ていきました。
その後、彼女は休学届を出し、日本海に面した地方都市にある実家に帰り、二度と大学に戻ってくることはありませんでした。

見捨てる

今一人の女学生は、前の学生と前後して相談室を訪問してきました。眼を大きく見開き、攻撃的な感じで話し始めました。
「私、人殺しなんです。なんの罪もない祖母を見殺しにしたんです。助けられたのに、見捨てたんです。ひどいでしょ。私ってひどいでしょ。罰して下さい。バツを与えて下さい!お願いします!」
悲痛な叫びでした。彼女の話は、

彼女の家は商店街にほど近い2階建ての木造家屋で、父母が泊まりに行っていたので、1階で祖母と寝ていたそうです。震災の朝、グラッときた後、箪笥の下敷きになり、身動きが取れないでいると、「誰かいるか?」との声に「ここ!ここです!」と告げて、引き出してもらいました。
しばらく呆然としているうちに助け出してくれた人はどこかへ行ってしまいました。ハッと祖母がいないことに気が付き、「おばあちゃん!おばあちゃん!」と呼ぶとかすかに返事が聞こえます。屋根が落ちて、その下におばあちゃんが挟まっています。近所の人がちらほらと現われてきたので、声をかけて、がれきを少しずつ片付けていきました。
2時間ほどたったころ、焦げ臭い臭いがしてきて、どこからか、「火事だあ!」の声。作業の手を早めましたが、火の周りは早く、瞬く間に迫ってきました。消防士がそばを通ったので、火を消してくれとか、助け出してくれと頼んでも、消防車が入れないので火を消せない、向こうの作業で手いっぱいだから、向こうが終わったらくる、と言った返事ばかり。そのうちに家にまで火が移り、燃えだしました。
「もうええ、もうええ。お前は逃げや。わしはもうええから」とおばあちゃんが言いだし、周りの人も女学生を抱え込むようにして火の手から離れたそうです。結果的に見捨てて「見殺し」にしてしまう形になりました。
「どう?ひどいでしょ?!私なんか生きてちゃいけないの!」と叫ぶ彼女。
「おばあちゃんは、何を望んでいるかなあ。ゆっくりと一緒に考えていきましょう。」と、少し攻撃的な表情が薄れた彼女に声をかけるしかできない私でした。その後、彼女に合う機会は訪れませんでした。親戚を頼って引っ越していったとのことです。

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