記憶に残る名馬機淵魯ぅ札ぅ魁次

2020.03.31 Tuesday

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重戦車

三冠馬じゃないけれど

前にも書きましたが、私自身は競馬をやったことはありません。ただ動物好きということで馬も好きです(油断したり怖がったりすると噛まれたり蹴られたりしますが)。競走馬の中でも、三冠馬ではないですが、ハイセイコーという馬が記憶に残る好きな馬です。
同じく三冠馬ではないのですが、テンポイントという馬も好きですが、その話は次回にでも。
全戦全敗で勝てなかった馬、ハルウララも好きな馬ですが、自分の人生にも重なり、少し悲しい気分になりますので、またの機会に。

ハイセイコー

1970年(昭和45年)に北海道で誕生。生まれた時から馬体が大きく将来を期待されていました。逆に出走前の体重制御に苦しんだとか。3歳の時に東京都の地方競馬場である大井競馬場でデビュー。その後地方競馬で6連勝をとげ、翌年に中央競馬会に移籍しました。中央競馬でも皐月賞を制し、一躍競馬会のヒーローとなりました。正直に言うと、大きく立派な体格でしたが、膝下が短く、少し美麗さには欠けるところがありましたが、不敗神話が生まれ、第一次競馬ブームのけん引役を担っていました(第二次競馬ブームはあの武豊氏とオグリキャップがけん引)。競馬を単なるギャンブルからレジャーに転じさせたのはハイセイコーのおかげと言えます。その後の成績としては優勝はないものの上位に入ることが多く、引退して種馬(種牡馬)となっても人気は衰えず、ハイセイコーのいる北海道の牧場がバス旅行の一大観光地と化しました。2000年(平成12年)に放牧地で心臓麻痺のため死亡しました。

人気はすごいものがあり、女性や子供からファンレターやプレゼントが届き、ブロマイドを買い求める人が現われたぐらいです。世の中が不景気になっても競馬の人気が下がらなかったのは、ハイセイコーの人気にあやかってのことと話題になりました。重戦車のごとき体格で走り抜ける雄姿は、人を引き付けてやまなかったのかも知れません。

死後、道の駅サラブレッドロード新冠(新冠町:にいかっぷ)、中山競馬場、大井競馬場に銅像が建てられ、その雄姿を思い出すことができるそうですが、残念ながら私は訪れたことはありません。実家のどこかにブロマイドが眠っているとは思うのですが・・・。
ハイセイコーの子どもたちも大きなレースで優勝を果たしたものがおり、1990年代始めまで種付けが行われました。自身のレースだけではなく、血筋としても良い評価を受けました。

次回は、文字の大きさを示す10ポイントを意味するテンポイントについて書きたいと思います。

 

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